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八 角 形 に ゅ ー す

2005年6月5日

聖シモン&聖ユダ
藤沢カトリック教会


目次

よろしくお願いいたします・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・高野

教会委員会報告

典礼奉仕者養成コース報告(第1回)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・典礼部

今年のバザー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鵠沼ブロック委員 八子

神に感謝!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤沢3区 奥原

藤沢ブロック集会の感想・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤沢1区 渡辺

優しくて思いがけない微笑の魔力・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鵠沼2区 リディア

シエラレオネの子供たちに手を貸す運動の報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・六会 赤松

合葬の園(仮称)の実現に向けて

合葬・一つになる私たち・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・善行 岡村

中高生および青年の召命を考える集いのお知らせ

沖縄スタディーツアー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・教育部

6月の主な行事

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よろしくお願いいたします
高野

 藤沢教会に住み着いて2ヶ月ぐらい経ったでしょうか…最近、月日を数えるのが面倒になってしまって…スケジュール管理のできない私は、依然として落ち着かない毎日を過ごしています。おそらく、当分無理でしょう…。(「もう慣れましたか?」とよく聞かれるのですが。)

 ところで、私は横浜教区の神学生として歩み始めようとしていた頃、ちょっとした用事があって藤沢に降り立ったことがありました。歩いていると「カトリック教会」の看板が目に入ったので立ち寄ったのでした。これが藤沢教会との最初の出会いです。祈ろうと思ったのか、ちょっと聖堂を覗いてみようと思ったのか、今となっては覚えていません。ただ、記憶に残っていることを思い起こすならば、聖堂の中でぶら下がっている十字架と、センター入口の近くに立っていた人に男子トイレの場所を聞き、聖堂脇のトイレに入ったことです。まさか、こんな形で再び戻って来ようとは…。私は別に、「マーキング」をしようと思ってトイレに入ったわけではなかったのに…あの時、トイレに入らなかったら…もしかして…。

 人見知りのある(?)私ですが、聖堂の中の十字架のようにいつまでも「宙ぶらりん」のままでいないで、藤沢の地にしっかりと足を着き、皆様と主によって、主のうちに、主とともに歩んでいくことができますように。

 これから、よろしくお願いいたします。

 (トイレを教えてくださった方、ありがとうございました。)



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教会委員会報告(5月21日)

【討議事項】

(1)「神奈川県内共同体奉仕者養成コース」

 はじめに鈴木神父より改めて共同宣教司牧についての説明があった。これについては梅村司教が横浜教区報51号(2005年5月)で述べられているが、教会がその使命(宣教・司牧一体と考える)をはたす、福音を証しするのは司祭だけの仕事ではなく司祭、修道者、信徒の三者が交わりをもつことが必要である。しかし、三者のおかれている立場あるいは別の視点からみれば各個人の個性にもとづく異なる役割があるのでそれら全てが力を合わせることが求められる。そのために今までのやり方や考えを変えた方がよいものもあるかも知れない。

 これを受けて共同宣教司牧推進委員会(鈴木神父座長)では

  1. 信仰を共に生きている者同志として三者の出会いを進めること、深めること

  2. 司祭に集中していた役務を信徒、修道者にお願いしていくこと、そのためには研修が必要であること。また、司祭の常駐していない教会の管理・運営のための研修も必要であることの観点から種々のプログラムを企画した。

 この「研修会」・「養成コース」の対応について4月の教会委員会で一任を受けた委員長・副委員長で検討して以下の報告がなされた。

<藤沢教会の対応>

・司教の基本方針を踏まえて

*教区の共同宣教司牧に応える

*藤沢教会としての信徒奉仕職の養成をはかる

*この機会を通じて他の教会との「出会い」を深める

<研修会・養成コースの人選についての考え方>

・各研修会・養成コースとも原則として、担当活動部などが候補者を推薦する

・信徒からも参加希望者を募る

・最終決定は主任司祭が行う

・参加者名は委員会に報告する

・参加者は教会にフィードバックしていただく(感想などを含めて報告)

(2)合葬関係

【報告事項】

(1) 50周年関係

(2)ブロック

@鵠沼ブロック

今年度のバザーについてその中止も含めて各ブロックの代表者などと共に広く意見を求めて検討してきたが、結果として今年も例年通り実施することとした。(経緯などの詳細は別掲の記事を参照)

A辻堂ブロック

葬儀の手伝いのあり方を考え直してはどうかとの意見がだされた。現行の当番月の地区と亡くなられた方の地区が行うことだと極端に手伝いが少ない場合がある。信仰をともにする兄弟姉妹を見送るとの視点が必要ではないか。

洗礼式中の一般の写真撮影は禁止とのことを徹底してほしい。

(3) 活動部

@総務部

長期大規模修繕のなかの緊急を要するものとして建設以来一度もおこなわれていなかった排水管の洗浄をおこなう。費用として64万円ほどかかる。なお、司祭がかわったこともあって司祭館4階の改修を行っている。費用は200万円。

A福祉部

6月11日 片瀬教会の栗原さん(長年福祉に携わってきた方)を招いて懇談会

B宣教部

6月11日 結婚講座の同窓会

C壮年部

8月6日 ガーデンパーティ



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典礼奉仕者養成コース報告(第1回)
典礼部

八角形にゅーす第160号(5月1日)でお知らせしたとおり、梅村司教の共同宣教司牧への呼びかけに応えてそれを具体化するための司祭、修道者、信徒を対象とした研修会・養成コースが企画され、そのうちの「典礼奉仕者養成コース」第1回が5月14日に行われましたので、その内容をご紹介します。このコースは全10回からなっており、次回以降も逐次報告します。

「典礼の基本知識」

1. 教会=神の民 という 共同体=集い はどのようなものですか?

教会という集いの起源を考えるなら、教会は御父によって派遣された御子によって呼び集められた弟子たちの集いで、その機能を発揮しはじめるのは聖霊降臨以降。典礼との関わりにおいてみるならば、主の日ごとに集い、復活した主における一致と交わりを確かめ合い、そこから生活の中に派遣されて生きる共同体。

2.「主の日」に集うことの意味はなんですか?

「主の日」すなわち「週の初めの日」に集うのは、復活されたキリストとの出会いを記念するため。この「記念」には「再現」の意味があり、集いの中に現存される主、その集いの中で読まれるみ言葉に現存される主、そして聖体の中に現存される主と出会い、同じ主に結ばれて集いが共同体として成長するため。

3.いつから「主の日」が「太陽の日・日曜日」になり、休日になったのか?

 黙示録やディダケーによると「主の日」は、1世紀末には定着していた。その「主の日」が「太陽の日」と呼ばれるようになるのは2世紀ごろで、義の太陽キリストの日として、ローマ・ゲルマンの習慣を取り入れてから。4世紀ごろまでは、日曜日に休む義務はなかったが、キリスト教がローマ帝国の国教になると、主の日を「太陽の日」として、法的に仕事を休む日と定められた。 こうして「休む義務」が生まれ、9世紀になると「ミサに行く義務」が生まれた。

4. 改めて「典礼とはなんですか」と聞かれたら?

日曜日、すなわち主日ごとに行われるミサのこと。そのほかにもいろいろな儀式を伴うミサ、教会の祈り、み言葉の祭儀、集会祭儀などがあり、これらは皆教会としての公の祭儀。別の観点から見れば、典礼は教会の公の奉仕の行為といえる。 奉仕の中でも、主に共同体の一致と交わりを深めるための公の奉仕といえるであろう。

5.ミサという典礼を捧げているのは誰ですか?

ミサは大祭司であるキリストが、すべての信者とともに捧げておられる。

6.「典礼」は何のためにあるのですか?

典礼はキリスト者が、交わりの内に一致するためにある公の祭儀であり、その祭儀はまた、生活の場へと派遣されて行くためのものである。

7.「典礼」と「信心」との関係はどのようなものですか?

前述のように、典礼はキリスト者が一致と交わりを深めるための公の祭儀。信心は、典礼を生活の場に生かすための役割を果たす個人的な、そして多様性に富んだ豊かな信仰の営み。

「小教区の典礼委員会」

1.委員会のやるべきこと

司祭とともに典礼を考え、計画し、執行する。そのためにまず典礼を学ぶ。役割の割り当てだけではない。一年の典礼カレンダーを作る。

典礼共同体は共同体の一面だけ。ミサが全ての活動のはじめであり、目的ではあっても全てではない。カテキスタと典礼の対話は必須で、共同体の代わりにではなく、共同体の参加を促進する。

種々の儀式(ミサ、ミサのない主日の祭儀、共同回心式、幼児洗礼、入信の秘蹟、葬儀、結婚式、子供のミサなど)それぞれの式の意味を理解して準備と反省を行う。

2.典礼の中心は何でしょう?

ヴァチカンの典礼憲章のもたらした実りはなんであったか。普通の答はラテン語の代わりに国の言葉を使うこと、会衆に向かってミサを行うこと(対話)、信者の充実した意識的な、行動的な参加などだが、一番大切なのはキリストの過越の強調であって、信者の典礼への参加を促すのはキリストの過越にあずからせるためである。すべての秘蹟はキリストの死と復活の神秘と関係がある。

次に大切なのは教会が神の民であるということ。全ての信者には共通の祭司職があり、典礼を執行するのは会衆である。また、すべての行事には神のみ言葉がある。

3.共同体の積極参加

聖なる典礼の刷新と促進にあたって、全信徒の充実した行動的参加に最も留意すべきである。しかし、まず司牧者が典礼の精神と力をしっかりと身につけてその教師とならなければ、子の目的が達成される希望は生じない。 したがって、聖職者の典礼教育に特別の配慮が必要である。

行動的な参加を推進するため、会衆の応唱、答唱、詩編唱和、交唱、聖歌、さらに行為、すなわち動作と姿勢まで考慮されなければならない。

儀式は簡素の美を備え、簡単明瞭であり、不必要の重複を避け、信者の理解力に順応し、一般に多くの説明を必要としないものでなければならない。よく見て、聞いて、嗅いで、触れられるなら余計な説明が要らない。言葉の膨張は五感を貧しくする。

4.いくつかの反省

ミサや他の秘蹟のすすめ方についていくつかの注意、指摘があった。たとえば内陣には祭壇(奉納から使う)、書見台(聖書の祭壇であって尊いところである。したがって聖書の朗読、答唱の場で、お知らせや聖歌の指揮に使うべきではない)、座長の席(共同体の祈りを導くための共同体の座長の椅子で、挨拶、集会祈願、説教、共同祈願を行うところ)の三つがあること、パンとぶどう酒の拝領についてはそれぞれ意味が違うので両形態が望ましい、聖歌隊は司式司祭よりも中心で発表会になってはいないかなどについてとりあげられたが、要は何をやっているか習慣ではなく考えてほしいということであった。



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今年のバザー
鵠沼ブロック委員 八子

 従来のブロック持ち回り方式によるバザー準備の担当は、2005年度のバザーでは、鵠沼ブロックの担当ということになります(4巡目に入る)。このため鵠沼ブロックでは、今年度のバザー実施そのものの可否や、ブロック持ち回り方式など実施体制等に関するする基本的な問題も含めて広く意見収集を行い、3月27日および5月7日に、各ブロック委員と、福祉部など関連する方々、また、バザーに興味をお持ちの方や、ご提案等をお持ちの方など、皆様の参加を呼びかけた自由な話し合いの場を2回設け、バザーの意義、目的、問題点など巾広い意見の収集を行いました。

 この検討結果を踏まえて、2005年度バザーの方向性について、以下の提案を作成し、5月21日の教会委員会に提出しましたところ理解が得られましたので今年のバザーは以下の考え方に基づいて行いたいと考えています。是非皆様のご協力をお願いして有意義な楽しいバザーにしたいと願っています。

提案内容

1)実施の可否

 今年度のバザー実施については、50周年記念行事などが予定されているものの、収益金の活用や、人々の交わりなど教会内外からの期待も高いことから、例年通り実施する。

2)実施体制

 バザー委員会(準備チーム)の編成については、従来のブロック持ち回り方式を一部見直す。

  1. 各年のバザー委員会(準備チーム)の取りまとめは、従来どおりブロック持ち回り方式とする。

  2. 準備スタッフは、各ブロック毎に希望者を募る。構成は、取りまとめ担当ブロックのメンバーに加え、各ブロックから2名程度が参加する事とする。希望者が集まらない時は、ブロック推薦で選ぶ。

3)テーマ

 具体的な収益金の活用などのテーマは、毎年のバザー委員会(準備チーム)において検討する。なお、収益金に関しては、その時々における具体的な資金の必要性が特にない場合には、収益金の半分は福祉関連、残りの半分は教会建物補修など、教会内の目的に使うことを目安とする。(従来の慣行通り)

4)留意事項

 共同体一致の観点から、なるべく多くの方がバザーに楽しくかかわるために、可能な限り負担のかからない実施体制、ベテランが中心になるのではなく、ベテランが新人を後ろからバックアップあるいはおまかせするような雰囲気作り、特に外国のコミュニティーとの交わりに目をむけたバザーの実施が望まれる。

主な論点と提案の趣旨

 今回の話し合いでは、バザーの意義や価値など、原点に戻った議論がおこなわれた。とくに行事中心の教会活動の反省として、今一度立ち止まって考えて見るという視点で話をすることが出来た。バザーに対しては教会の中でもいろいろな見方や考え方がある事も改めて認識することが出来た。

 これまで比較的バザーに深く関わっておられる方にとっては、単にバザーありきで流すのではなく、一回止めて、ゆっくり考えることも必要との意見も出されたが、一方では、これから共同体に参加しようとされる方、また教会外でバザーを楽しみにしている人のことも考えれば、バザーは続けていくことに意義があるという意見も出された。一つの視点として、このことを一種の断食としてとらえるという考え方が出された。すなわち普段の流れの中では見過ごされてしまう事柄も、あえて止まって見ることによって新しいものが見えてくるということである。これを単にバザーを1年止めてみて考えるということではなく、全ての人がバザーについて、一寸立ち止まって考えるということが必要ではないかと考えた。例えば、今まで長年バザーで同じ役割で活躍されていた人は、あえてその役割を他の人に任せて別の役割をやって見ることによってまた新たな視点を得ることもできるのではないかということである。今までの話し合いの中でも、新しい人がバザーに中心的に参加できる体制作りについて多くの意見が出されているので、この趣旨も生かし、皆がバザーについて視点を変えて考えて見ることを大切にしながら、今年度のバザーを実施することで提案をまとめた。

 ブロック持ちまわり方式については、その利点である、ブロックの活性化や、普段かかわりの少ない方にもかかわる機会を増やすという点を活かして基本的にはブロック持ちまわり方式を続けるものの、ブロックによる人数のアンバランスや、巾広い意見の反映などを考慮して、準備チームには、各ブロックからも必ず代表を出す方式を考えた。



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神に感謝!―50周年祭に参加して
藤沢3区 奥原

 5月5日、こどもの日、朝から快晴ですばらしい天気に恵まれました。聖園女学院のご好意とご協力で、50周年祭を開くことができました。午前10時、渡辺神父様に祝福を頂き、全員で主の祈りを唱え、50周年祭は始まりました。中和田教会の子どもたちを始めとした他所の教会の方々も含め、小さい子どもから年配の方まで、大変多くの方々にご参加頂きました。まずは中高生会主催の運動会、大人も子どももいっしょに参加しました。最後の対抗リレーは誰もが懸命に走りました。大人に混じってがんばって走る幼稚園生、スカートをひるがえして駆け抜けるシスターたち、観客も大声援(大爆笑?)で大盛り上がりでした。靴を脱いでさっそうと走る渡辺神父様と、全速力で疾走する高野神父様に、これからの藤沢教会が必要とする力を見た気がしました。リレーは神父様・シスター組の圧勝(1位はご辞退)で、午前中のスポーツ大会を終えました。

 お昼の時間には、外国人コミュニティの方々が故郷のダンスを披露してくださいました。大人も子どももステキな衣装に身を包んでダンスをする姿と、それを楽しむ方々の笑顔を見て、日本人と外国人のコミュニティが一つになるように感じました。ダンスの盛り上がりをそのままに、全員でマイムマイムを踊り、そして国際部主催のビンゴ大会に突入しました。私はビンゴ大会のお手伝いの一人として、昨年末から企画と準備に参加させて頂いていましたが、販売したビンゴ券の数は私たちの予想を大きく上回りました。パソコン、往復航空券、テレビ、デジタルカメラ、自転車といった豪華賞品はもちろん、子どもが欲しいプレイステーションやディズニーグッズも含め、60を超える賞品が用意されました。賞品をねらって、神父様も子供たちもグラウンドに座り込んで、真剣にビンゴに取り組みました。国際交流が目的でしたので、アナウンスは日本語・英語・タガログ語・スペイン語で、大会は国際色に富んだ雰囲気に包まれました。「ビンゴ!」という声が上がると誰もが手を一瞬止め、賞品の方に目をやります。ビンゴ確認係の私は、ビンゴカードとホワイトボードとにらめっこしながら、賞品をもらった方々の笑顔を見ていました。よく見ると、ビンゴになった方はもちろん、まだビンゴになるのを待っている方々も笑顔でした。この間、小さな子どもたちは体育館で、中高生が用意した子どもだけのビンゴを楽しみました。ビンゴ大会は午後3時に予定通り終了、賞品をもらった方ももらえなかった方も笑顔で帰途に着きました。

 本当に多くの方々、特に幼稚園生、小学生、中高生に参加して頂き、楽しく50周年祭を終えることができたのは、神様のお恵み以外の何ものでもありません。子どもたちの笑顔に、これからの藤沢教会の希望が見えました。後片づけの後に、高野神父様とともに神様に感謝の祈りを捧げ、聖母マリアへの祈りを唱えたとき、イエス様は確かに私たちとともにいらっしゃいました。すばらしい天気に、どなたも怪我のなかったことに、全員で楽しめたことに、50周年祭が無事に終わったことに、心から神様への感謝を捧げたいと思います。



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藤沢ブロック集会の感想
藤沢1区 渡辺

 5月15日(日)藤沢ブロック集会と新入者歓迎会を11時よりセンターホールにて開催。約50名の方が参加されました。司会者、湯浅さんの挨拶につづき、鈴木神父様のご挨拶。「私も新入者の一人です。ちなみに、ご夫婦の仲も3日、3月、3年が節目とか。新任司祭が新しい教会になれる迄は、普通は3年とか、どうぞよろしく」と巧みな比喩とわかり易いご挨拶に場内に笑いが起こり、和やかな雰囲気となりました。私は当日のお説教、ヨハネによる福音のうち、「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなた方が赦さなければ赦されないまま残る」について、神父様がこの聖句を手がかりとして祈りましょうとおっしゃったこと。手がかりという表現がとても印象に残っていましたので、前述の比喩と合せて神父様の幅ひろい人間性に、心から親しみを感じました。

 つぎに、藤沢ブロック長の安田さんの挨拶があり、新入者、受洗者の自己紹介があり、つづいて藤沢ブロックの連絡員、十数名の紹介がありました。典礼について典礼部長の綿貫さんから懇切なお話しがあり、ブロック長からも今年のバザーについて等、現在の課題についてお話しがありました。

 正午近くになり、いよいよ楽しみの昼食となり、当日のお世話をして下さった方々の用意されたサンドイッチを頂きました。

 おなかが満ちたところで余興に移り、ブロック長の安田さんのドイツ歌曲の独唱、すばらしかったです。ひきつづき、「主はわれらの牧者」のかえ歌の合唱、ご婦人の方達十名ほどが、前に出てリードしハレルヤ、ハレルヤの大合唱となりもり上りました。早くも、12時半を過ぎ、最後にお祈りの聖歌「ごらんよ空の鳥」をみんなで歌いました。

 同じ価値観を共有する共同体の集いに、信仰の喜びを改めて感じ、有意義なひとときでした。

 皆様に心から感謝しております。ありがとうございました。



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優しくて思いがけない微笑の魔力
鵠沼2区 リディア

 人間は同じ家族の中でさえそれぞれ異なった存在なのです。それぞれの国、独自の文化、伝統や言語でも相違があります。

 しかし、微笑、優しい挨拶を交わすことは、万国共通でお金も掛からないものであり、人間の心の中から湧き出るものなのです。私達、カトリック教徒はキリストの愛で結ばれており、私達の信仰が私達を兄弟にするのです。人生では、喜び、悲しみ、満足感、心配、健康や病気、侮辱、中傷、感謝等を経験する時があります。 私はそれらを皆さんと分かち合いたいだけです。それは私の人生で最も苦境に立たされた時に神様が皆さんを通して顕示されるからです。

 最後に、友達や名前も知らない信者の方達が、道路、電車、歯科医院、店舗、教会などでとても優しく私に挨拶してくれます。

 皆さんはそのことで私がどんなに喜んでいるか想像できないと思います。 皆さんの微笑が私の気持ちを強めそして心を和らげてくれているのです。

 神様が皆さんを祝福されますように。



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シエラレオネの子供たちに手を貸す運動の報告
六会 赤松

 今年度は月1回(8月を除いて)藤沢教会福祉コーナーで、又湘南台センター第2土曜日ミサ後ケーキを販売し、皆様に買って頂きました。バザーでは運動代表の描いたカード、絵葉書も扱い、クリスマスカードは、ガリラヤでも販売して頂きました。11月には2回目となる現地への物品援助に参加しました。内乱で荒廃し、今は復旧途上にある学校で必要とされている品のリストから日頃関心を寄せて下さっている方々に声をかけ御寄付頂きました。寄付頂いた品はクラフト紙、文房具事務用品、布地(教材用)、タオル、石鹸、夏用子供服、大人服、自転車、ミシン(個人)などでした。以下にシスター根岸からのお便りを掲載します。

コンテナに御協力くださいました皆様

 この度はたくさんのお心こもる品物をお送りくださいまして、本当にありがとうございました。コンテナは3月23日に無車ルンサに到着いたしました。無事着きました事に深く感謝しております。これから週末を利用して少しづつ、皆様の愛の贈り物を開かせて頂きます。

 現在ルンサはセカンダリー(中、高校)がやっとEEUの支援によって、校舎の修築が始まりました。今回、英国の水兵さんがボランティアでペンキや、机、椅子をトラックに積んで小学校の為にもってきてくださいました。そして20名の兵隊さんが勤労奉仕で今週は毎日替わり番に来られています。ポパイの様な大男達、エイー−とかけ声あげながら、こわれた塀ブロック修理したり、校舎のペンキぬりなどすごい重労働を汗をぴっしょりかきながらやってくれました。水兵さんは男ばかりでなく若い女性もかなりいるのにびっくりでした。彼らはお弁当持ちでやってくるのですが、そのお弁当と果物やお菓子を余分に持って来て子供にあげるので、毎日子供でいっぱいです。水兵さん達は土曜日にはもうシエラレオネを離れ、9月に英国に到着予定なのだそうです。 お陰さまで小学校の教室も高学年のお部屋だけですがペンキが塗り替えられました。後は雨季の前までにせめて屋根を修理したいと思っています。

 目本から到着しましたすぱらしい御支援は幼稚園、小学校、中学校、高等学校、センターそして診療所と必要に応じて分配させて頂きます。皆大喜びでした。玉川学園の御父兄がお送りくださいました。お薬はくわしく英語で説明されており、びっくり大喜びでした。ありがとうございました。これによってたくさんの人々が救われるでしょう。学校が始まりましたら幼稚園生に始めての試みですが、カレーを一度やってみましょうとシスター白幡は張り切っています。生まれて一度も頂いた事がないので試しです。きっと大喜びするでしょう。

 こちらは毎日暑い日が続いてい手す。5月半ば位から雨が降り始めれば少し気温もさがるでしよう。それでもお陰さまで皆、元気でがんばっています。昨年の一月まではたったの3人でしたが昨年はシスターが次から次とやってき、宣教クララ会シスターはシエラレオネ修道院は12名になりました。3人が診療所で後は皆ここルンサの学校で働きます。以前は他の大陸のシスターが大部分でしたが、今はアフリカ人のシスターが大半になりました。宣教師と言えばヨーロッパ、アメリカときまっておりましたが、今はアフリカはアフリカ人の手でと変わってきています。 しかし問題になりますのは経済的な問題です。発展途上国はバックアップがないのでどうしても、他から支援を仰がなければなりません。幸い、神様はいろいろな方法で助けてくださっています。しかしやはり、私達の会の場合は日本からの支援が一番助けになっています。皆様のお陰です。感謝。

シスター根岸



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合葬の園(仮称)の実現に向けて
合葬の園企画委員会(2005年5月)

これまでの経緯

 昨年10月に合葬の園(仮称)の企画委員会を立ち上げ委員会で基本的なコンセプトについての検討を重ねてきました。その結果を具体的なスケッチ2案にまとめ、1月30日に中間報告会を行いました。その後スケッチ2案を展示し、3月にはアンケートを行いました。アンケートは日本語、英語、ベトナム語、スペイン語で用意し、各コミュニティーのミサでも呼びかけを行いました。その結果224名の方に回答をいただき(日本語は133名)多くの方々が関心を持ってくださっていることが再確認されました。

 アンケートの結果を参考に企画委員会での話し合いを続け、アンケートで支持の高かった納骨堂に近い形状のスケッチをもとに実施に向けた委員会案を作成し、5月15日の各ミサ後の報告会および5月21日の教会委員会での報告を行いました。

計画の概要

 下の図面のような建物の内部に1,584体収納できるようにするとともに、100名前後の人々が集まることもできる祈りの場を設置します。祈りの場の地下には保管された遺骨を、運用規定に基づいて将来合葬にするための収骨所が設置されます。建物は最小限のメンテナンスで長持ちすることと、近隣住民に威圧感や不快感を与えないことを考慮に入れてデザインされています。利用者については、当教会の信者のみではなく、信者の家族や近隣教会の信者も対象にしていこうと計画しています。その際の利用負担金として収納1体につき10万円を予定しています。

 また、土地を提供していただく聖心の布教姉妹会よりの意向として、身寄りのない方や経済的な困窮者、外国の方々なども軽費または無料で利用できるようにして欲しいとのお話しをいただいていますが、これらは合葬の計画の最初から意図されていたものでもありますので、そのような方々が最優先で利用できるような規約作りもしていく予定です。

 詳細な設計が出来上がらなければ建設費用が算定できませんが、現在の案に基づいた概算では外構工事ともで6,000万円ほどを予定しています。資金につきましては利用希望者よりの負担金、建設のための寄付金を呼びかけ、不足分に関しては借入でまかなっていく予定です。

今後の予定

 神奈川県の条例により墓地等の建設のためには条例に従っての諸手続が必要になっています。今後は順次それらの手順を踏みながら進めていくことになります。事前協議、説明会、許可申請等々をこなしながら、できるだけ早く建設許可をもらえるよう手続を進めていきます。今年中の着工はむずかしいかもしれませんが、来年早々には着工できるよう願っています。

お願い

 この場所にふさわしい名前を募集しています。どうぞどしどし応募してください。また、今後運用や管理規約を作ったり、墓地委員会を発足させていく必要もあると思います。経済的な面も含めていろいろな方のお力が必要となりますので、どうぞご協力をよろしくお願いいたします。



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合葬・一つになる私たち
善行 岡村

 私たちが互いに異なったまま一つになるのは、聖霊のはたらきによってではないでしょうか。

 ミサ聖祭で私たちの唱える聖霊の祈りは、私たちが聖なるものになるのも一つになるのも、いのちの創造にむすばれてであることを明らかにしています。

 私たちが互いに違うのは、人の思いや考えによるのではなく神の選びによるので、私たちと共にある創造のみわざに結ばれてそれぞれが、唯一のはたらきになるためなのです。

 あなた方がいのち(神)を選んだのではない、いのち(神)があなた方を選んだのである、と言われるとおりです。そしてすべてを超える神の選びに変わりはありません。私たちは誰でも創造のみわざに必要な唯一のはたらきとして望まれ造られたのです。

 神は必要の無いものは何一つお造りになりません。これらのことをわたしは信じます。

 では合葬は私たちにとってどういうことなのか、何に一つになるのか、一つになったらわたしという神の選びは消えてしまうのでしょうか。そんなことはありません 私たちと共にある限りない創造のはたらきに結ばれて、常に生者と死者の交わりがあるのです。私たちが一つになる永遠のいのちとはそういうことでしょう。聖霊によって一つに集められた私たちに与えられる賜物は、何一つ失われることはないでしょう。

 朽ちるもので播かれても朽ちないもので刈り取られるのです。

 いのちの創造に結ばれての交わり、つまり聖霊の交わりを維持する共同体が私たちには必要なのです。「合葬の園」の敷地に必要なのは、その聖霊の交わりを維持する共同体を感じるような設営で、私たちが定期的に集まって行う、生者と死者の交わりの典礼と合葬の典礼を行う場がその中心になるでしょう。

 そのためには、目的ではない1,500個の骨壷という量感を、目立たないように設営するのが望ましいのです。その方法は色々考えられるでしよう。

 この計画は、今現在それを必要とする人々を超えてその何十倍もの、未知の人々のためにあるのです。

 先に「神の選び」という文でも申しあげましたが、私たちは今ここで思いや考えを超える創造に引合わされているので、この選べない引き合わせが一体何を望んでいるのかと考え、私たちに見える知っている物事を支えにする思いや考えを、これでよいのかと改めて問わなければならないでしょう。

 私たちの思いがけない選べない引き合わせをとおして、聖霊の交わりの中で常に御言葉は私たちに語られているのです。

 未知のこの先、今までにしなかったことに向い、勇気をもって一歩踏み出しましょう。



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中高生および青年の召命を考える集いのお知らせ

神様、あなたは わたしを心にかけ、
わたしの すべてを知っておられます・・・・

私たちは神様と交わるよう召命を受けています。その召命の原点は、
「神様はいつも私とともにいらっしゃる」ということです。

「神様は、この私に何をお望みになられているのか」
この集いのなかで、私たち一人ひとり、自分の心の奥に問いかけられる
神様の声を聴いてみましょう。

日時 : 7月10日(日曜日) 11時より15時半まで
場所 : 藤沢教会(センターホール)
指導神父 : 高野哲夫神父
対象者 : 中高生および青年(25歳まで)
参加費 : 無料
申し込み : 所定の申込用紙、または葉書、FAXでお願いいたします

ご両親の皆様へ (2001年「世界召命祈願日」教皇メッセージ「召命としてのいのち」より)

 神様は人を「ご自分にかたどり、ご自分に似たもの」として創ろうとおおせになり、人の手に宇宙をお委ねになりました。そして人を、ご自分との深い愛の関係にお招きになりました。

召命は、神様の啓示の生き生きとした働きを把握させることばであり、人間存在の真理を明らかにすることばです。人が生涯の完成に向かって歩みながら、自分の個性に従って成長していくことができるためには、その基礎を神様との対話のうちに置かなければなりません。個人の能力や資質は恵みとして受けたものであり、また、その人の歴史や日常生活での人間関係に意味づけをすることができるものです。・・・(中略)・・・

ご両親に申しあげます。どうかお子さんたちの近くにいてください。 多くの選択に迫られる思春期、あるいは青年期にあるお子さんを、放っておくことのないようにしてください。 彼らが、悩ましい幸福の追求に圧倒されないように、むしろ真の喜び、霊の喜びへと彼らを導いてください。 将来の不安に捕らわれがちな彼らの心に、信仰による自由な喜びを響かせてください。

一人ひとり、皆、神様から愛され、神様に目を向けた生き方を求められています。
静かなひとときの中でご一緒に黙想いたしましょう。是非、ご参加ください。

「中高生および青年の召命の集い」準備チーム
(宣教部、教育部、中高生会、リーダー会、一粒会)



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沖縄スタディーツアー
教育部

 藤沢教会50周年記念の一つとして教育部では、中高生を対象とした7月26日から3泊4日の沖縄スタディーツアーを企画しました。指導司祭、山口神父様(由比ヶ浜教会主任代行)を中心に準備を進めております。現代の日本で何不自由なく生活している子供たちが、琉球王朝という異文化にふれ、戦跡、基地などを巡り言葉だけでなく肌で違う世界もあるという事を感じ取って欲しい、また世界に目を向ければ何と自分たちが平和な中に身を置いているかという事を感じて欲しいという思いの一歩として沖縄を選択しました。ツアー終了後には、参加者による勉強報告会を行います。尚ツアーには山口神父様の他、藤沢教会からは渡辺神父様、宮内神学生が同行して下さる予定となっております。未来のある子供たちのために、どうぞ藤沢教会の皆様のご理解と成功へのお祈りを戴きたいと思います。このスタディーツアーは今後も数年に一度のペースで行っていけたらと考えております。

 また、2006年3月には高校生・大学生を対象として、カンボジア・スタディーツアーも山口神父様のもと、計画しております。

概要 

7月26日〜29日 ホテル2泊  教会施設1泊
往復航空機 現地レンタカー
説明会 6月19日 14:30  センターホール
準備会 7月17日 14:30  センターホール



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6月の主な行事

3日(金) 初金・例会
5日(日) 第5地区巡礼、鵠沼ブロック集会
11日(土) 結婚セミナー同窓会
25日(土) 黙想会

中高生会

5日(日) コーヒーショップ
19日(日) 〃
準備を手伝える人は8:30に台所集合。
夏の合宿も計画しています。

JOC(青年会)

センター203号室19:00〜21:00

11日(土) 生活の見直し
25日(土) 派遣社員の問題について、アドバイザーも交えて話し合います。