八 角 形 に ゅ ー す

2009年6月13日

聖シモン&聖ユダ
藤沢カトリック教会


目次

湿度のはなし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・司祭 和野

教会委員会報告(5月17日)

助祭叙階を受けて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・横浜教区助祭 宮内

横浜教区助祭叙階式・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・辻堂1区 鈴木

黙想会・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・善行 浅野

新入者歓迎会に出席して・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤沢3区 石尾

第5地区教会学校合同遠足

横浜居留地とローマカトリック教会遺跡めぐり・・・・・・・・・・・・・・・・大庭 八木

鎌倉散策とキリシタンゆかりの地を訪ねて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤沢3区 垣中

堅信・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・典礼部

善き音ずれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ユースの会 千古

国際部より

Q & A

がりらや便り

鈴木神父の川柳(続2)

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湿度のはなし 
司祭 和野

6月に入りますと、通常は梅雨の時期に入ります。梅雨の空気は潤っており、じめじめした印象を与えますね。藤沢での梅雨はどのようなものでしょうか?

そうそう、梅雨は洗濯物が乾かないとかいわれますが、実は湿度が同じでも気温が高い方が洗濯物はよく乾きます。なぜなら、気温が高い空気のほうが飽差が大きいからです。ですので、気温30℃で湿度70%の空気(不快指数高い)よりも、気温5℃で湿度30%の空気(乾燥注意報が出る)のほうがより潤っていることになります。意外ですね。

梅雨のことを考えていたら、わたしたちは「温度差」ということばを使うことがありますが、「湿度差」ということばを使うだろうか?と思いました。普通「温度差がある」というと、一つのことがらに関して人によって対応の仕方や見解、また熱心さなどが違うことを「温度差がある」と言います。じゃあ湿度は?というと、「湿度差」ということばもあるのだそうです。湿度差は「ドライ(ウェット)な関係」ということで、人間関係(特に恋人同士)の様をあらわしたりするようです。すなわち、メールや電話などで、必要最低限のことしか連絡をしないのがドライで、たいした用でもないのに頻繁に連絡を取り合うことをウェットというのだそうな。まあ、そう表現しているということで善し悪しではないのだそうです。例えば、赤ん坊と母親の関係はウェットなものでしょう。子供は遠慮をしたり、整理して伝えようとはしませんからね。

さて、これをむりやり神様との関係に置き換えると…(もちろん、善し悪しではないことを前提としてですが )「温度差」というのは、外から認識できるような熱心さとでもいいましょうか。教会活動に積極的に参画してくださるとか、人権・正義・奉仕・祈りなどの集いに参加してゆくことなどでしょうか。また「湿度差」」は内的なことであり、どれだけ神様とやりとりとしているかということでしょう。どちらも数値では計れないことですが、目に見える熱心さと内的な神様とのやりとり、どちらも必要でそのバランスが大切なように思います。わたしたちキリスト者の生活とは、外的な熱心さと内的な交わりをどちらも伴って、神様の愛に潤されていくものではないでしょうか。



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教会委員会報告(2009年5月17日)

出席:(司祭)鈴木、ティエン、和野(委員長)浮田(副委員長)荒井、曽根、佃(財務)篠澤(事務局)川辺(鵠沼)牧野(藤沢)風間(辻堂)宮崎(北1)山口(北2)米谷(総務)沼波(典礼)福井(宣教)鈴木(福祉)飯田(広報)益満(教育)西田(国際)鶴田

<報告>

1.イースター福祉バザー

福祉関連26団体と国際コミュニティ、福祉部により4月26日に開催。福祉部(食堂関連)の純利益は約3万円。今年はボーイスカウトのバザーが5月17日にあり、バザーの回数が増えるので、目的や開催方法(統合など)を再考する必要があるのではという意見が出されている

2.宮内助祭・司祭叙階準備委員会(仮称)

宮内神学生は5月3日山手教会で助祭に叙階された。来年の司祭叙階に向けて、5月30日(土)午後、第1回第5地区準備委員会が開催され、各教会より1名担当メンバーが集り準備のための話し合い。藤沢教会からは鈴木神父と曽根叙階準備委員長が出席

3.堅信式(6月14日)

当日11:30〜13:00、司教様を囲む若者の集いを開催する。並行して受堅者保護者の会を開く

4.緊急支援のお礼

教区から依頼のあった外国人移住労働者への緊急支援として皆様から寄せられた段ボール20箱の支援物資と25万円の支援金をお渡しした浜松教会の山野内主任司祭から礼状

5.次期教会委員長候補推薦について

来年度からの新委員長候補者の推薦を各ブロックに依頼する。期限は9月末、鈴木神父まで。複数名の推薦可。浮田委員長は今期で退任

6.2009年度研修・養成コースについて

共同宣教司牧サポートチーム神奈川(旧神奈川共同宣教司牧推進委員会)より宣教、入門講座、祈りヘルパーなどの指導者研修・養成コースの案内がきているので希望者は応募されたい。祈る・信仰を伝える・愛を証しする、の3区分16項目。資料あり

7.新型インフルエンザについて

2009年4月30日付で日本カトリック司教協議会から非定型肺炎(SARS) ・鳥インフルエンザ対策ガイドライン(ミサをはじめとする各種の制約あり)が出されているが、今回の新型インフルエンザについては、状況を見守りつつ必要に応じて対応していく。いざという時のために事前に十分に勉強しておくことが望ましい

<討議事項>

1.藤沢エリア用緊急支援金の使い方について

緊急支援金は、外国人支援として募金した35万円の残り10万円と、ヘルプ活動(お茶とクッキー販売)での9万7千円を合わせて約20万円ある。情報の集る川辺事務長の管理下におき、教会委員会へ報告しつつ有効に活用していく

2.緊急支援の今後の取り組み方

福祉・国際部主体で、小教区内の外国人及び必要に応じて日本人を対象として、継続的に求職情報の調査・提供をすすめていく。まだ実情把握は不十分

3.AED設置

自販機併設のケースについては多くの信徒より反対意見が寄せられたので、レンタル、リース、買取りの3ケースの中から最適のものを選択していく。検討は事務局長と教会委員長に一任

4.教会入り口掲示板補修

現在工事中。前面はガラスの引き違い戸にかえて使いやすくする。照明は光センサースイッチ。工事費の10万5千円を承認

5.合葬の園

事前協議書を保健所に提出、受理された。事業予告書の看板を近隣に向けてだすため準備中。60日以内に近隣住民への説明会を開くことが義務付けられているが、実際上該当する近隣住民は修道院関連に限定される。教会内へ向けては5月24日の各ミサ後経過を説明予定

<その他>

(財務)4月までの累計は黒字。イースター献金は121万円(昨年94万円)、四旬節愛の献金は20万円(昨年は33万円)

(教育)5月3日宮内神学生の助祭叙階式に中高生多数参加。5月10日第5地区遠足に70名参加、藤沢からは30名ほど。ガールスカウト7月に発団式予定

(典礼)5月31日(日)9時半ミサにて六会の大泉仁氏による教話

(国際)福祉バザーへのご協力感謝。外国人に対する司教司牧指針の外国語版が出たので、7月12日に鈴木神父のもとで勉強会を予定

(宣教)堅信準備講座のプログラムの進行役は、講座担当者養成コース修了者及養成コース受講中の方に担当して頂いている。また、グループにわかれての分かち合いには、推進役として青年会、高校生、ベトナムコミュニティ、ボーイスカウト等、講座担当者でない方に入って頂いている。進行役や推進役を努めることが、それぞれの方の養成にもなっている。
司教様を囲む若者の集い、受堅者の親の分かち合いの会については、5月16日、17日の準備講座で、参加を呼びかけるチラシを配り、5月中に申し込んで頂くことにした。若者の集いでは、司教様に堅信についてお説教を少し脹らませたお話をして頂きたい。親の集いの方では、中高生の親の連絡網も活用して参加を呼びかける。
ユースプロジェクトから。20代までは青年会、30代未婚層は「ユースの会」に積極的な参加の呼びかけを希望

(福祉)5月9日山梨県忍野村聖ヨハネ学院にて、横浜教区主催の「障害者とともに歩む会」。藤沢から8名参加。梅村司教様のミサに与った

(鵠沼)5月31日9時半ミサ後バザー準備チーム第1回会合を204で開く。他ブロックの参加も呼びかける

(藤沢)5月3日新人歓迎会にて洗礼の分かち合い。5月22日鎌倉散策。"キリシタンゆかりの史跡を訪ねる"がテーマ

(辻堂)6月28日、大磯教会訪問。集会祭儀に参加

(北1)5月14日、横浜遠足。山手教会、外人墓地訪問。25名参加。5月24日ブロック集会。6月ミサ当番の勉強

(北2)5月9日、6名の新受洗者のお祝いの会。6月7日、7月のミサ当番に向かって、鈴木神父より典礼についての勉強会



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助祭叙階を受けて
横浜教区助祭 宮内

さる5月3日日曜日、山手教会の正午のミサの中で助祭叙階式が行われ、私は同級生のハー・ミン・トゥ神学生と共に梅村司教様によって助祭に叙階されました。叙階式にご参列いただいたみなさま、また叙階式のためにお祈り下さいましたみなさま、本当にありがとうございました。

神学校に入ってから助祭叙階までの歩みを振り返ってみますと、ひたすら「導かれ、支えられた」道のりであったと思います。神様は、私の数知れない失敗や弱さにもひるまれることなく、信じられないような仕方で私を導き、育てて下さいました。率直な印象としては「いつも道を踏み外して歩いていたつもりであったのが、振り返ってみたら私の足跡はずっと道の真ん中をたどってきていた」という感じであります。とはいえ、歩いている最中はつらいことや苦しいことがいくつもありました。そういうとき、藤沢教会のことを思い出すことで、私はそれらを乗り越える力をいただいていたように思います。1歳になるかならないかの頃に藤沢に引っ越してきてから、24歳で神学校に入るまで、そして神学校に入ってからも藤沢教会のみなさまには、温かく優しく育てていただきました。私の召命の根っこは、間違いなく藤沢教会でのそれらの体験であり、教会のみなさまとの関わりであります。本当に感謝の気持ちでいっぱいですし、神様のはからいの素晴らしさを賛美せずにはいられません。1つ残念なことは、私の歩みを支え、私の召命のために祈ってくださっていた方々の中で、すでに御許に召された方が幾人もいらっしゃることです。今回の叙階をご報告出来ないのは、とても悲しいです。しかし、考えてみますと、その方々が天国で私のために祈り、とりなしてくださっていたからこそ、今まで歩んでこられたという思いがいたします。

助祭叙階の恵みをいただいて今思うことは、「叙階の恵みは、私個人のためのものではなく、教会のための恵みなのであるから、教会のみなさまと分かち合い、教会のみなさまのために使わなければならない」ということです。自分の思いにとらわれることなく、いただいた恵みをこれから積極的に分かち合っていきたいと思っています。
神学校でのカリキュラムは残すところあと1年弱となりました。司祭叙階まで道を歩み続けられるように、どうぞこれからもお祈りください。どうもありがとうございました。

追記
鈴木神父様にお声をかけていただき、5月17日(日)の藤沢教会の7時と9時半のミサで助祭奉仕をさせていただいたことは、私にとって大きな喜びでした。祭壇の前で、神父様の脇に立っているとき、とてもうれしく思いました。出身教会の聖堂はやはり特別なものです。「この道を歩んできて、本当に良かった」としみじみ感じました。9時半のミサでの説教はとても緊張しましたが、みなさまの温かい雰囲気に助けていただきました。神学校が休みの時期などに、また藤沢教会で奉仕させていただければ幸いです。



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横浜教区助祭叙階式
辻堂1区 鈴木

5月3日横浜教区の司教座がある山手教会の主日のミサの中で、助祭叙階式が行なわれました。当日は復活節第四主日、世界召命祈願日にあたっており、横浜教区ではこの日に助祭叙階式を行なう様になっています。今年はベトナム人のトゥ神学生と、藤沢教会出身の宮内神学生の2名が助祭に叙階されました。横浜教区において複数名が同時に助祭叙階の恵みに与るというのは、何年も無かったことでした。二百数十名が限度の聖堂に、これ以上はもう入らないという位の参列者が詰めかけました。藤沢からは学生会や中高生会の若者たちのグループそして大人も大勢参列しました。


助祭叙階に向けての梅村司教様のお話は次の様な内容でした。
「助祭は、司祭職のためではなく奉仕のためにある。聖職位階制度の役務の本質は真の奉仕(ディアコニア)である。イエスご自身、仕えられるためではなく仕えるために来られた。助祭に叙階される二人がどの様に行動したらよいかは、主が身をもって示して下さっている。
人望が厚く、聖霊と知恵に満たされた者でなければならない。残りの1年の神学校生活を通して精進して頂ければと思う。二人とも裏表無く自分の力を十二分に出し切り、出会う人々に親切に、求められることに誠実に応えて来た。自らの弱い面をどの様に乗り越えて行けるかが課題となる。以前河口湖で湖面に映える美しい逆さ富士を見た時、明鏡止水の言葉を思い出した。心が少しでも波打っている時は、神様やまわりの人、まわりの現実をありのままに心に映し出すことは出来ない。いつも穏やかにしていれば、それらを明確に映し出すことが出来る。「疲れた者、重荷を負う者は…わたしの荷は軽いからである」(マタイ11:28〜30)という聖書の言葉があり葬儀でよく読まれるが、これは死に臨んでの言葉ではない。責任感から物事を果たしていこうとする時、私たちはなかなか心穏やかには出来ない。その部分に対して、奉仕者に対して、この言葉が向けられている。助祭職も司祭職も神様からの恵みである。自ら喜んで応えることを、式の中で確認する。本当に恵みとして奉仕職を受け取れば、心から喜んで奉仕していくことが出来る。」

二人の神学生が司教様から按手を受け、出身教会の司祭から助祭の祭服を着せてもらい、参列者の前に立った時、彼らを知る多くの方々は、お二人の今までの歩みを思い、喜びでいっぱいになったことと思います。お二人の助祭も感激の表情でした。宮内助祭から御聖体を拝領した時、自分でも思ってもいなかった位の感動が私の中に起こりました。けれども、お二人の姿を拝見しながら、彼らは、今、奉仕の道のスタートに立ったのだ、とも思いました。ミサ後も多くの方々が新助祭を囲み、喜びに満ち溢れて、祝福の言葉を伝えていました。多くの方の祈りに支えられながら、トゥ助祭と宮内助祭は司祭への道を歩んで行かれるのでしょう。新しく誕生したお二人の助祭の為に、私たちがこれからも祈り続けることが、一番大切なことなのだと思います。お二人がこれからも祈りを深めながら一歩一歩着実に歩みを進めて下さる様に、私も祈っていこうと思います。



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黙想会
善行 浅野

4月25日(土)花冷えのする雨の朝、聖園修道院で黙想会は始まりました。英神父様は司教教書の三つの部門を、祈りの中で具体的に、自分に深く問いかけるようにご指導下さいました。

1.「祈る力を育てる」マタイ3:13〜16

イエスが神の愛を深く深く体験したことからキリスト教が始まりました。神がどれほど深く愛して下さっているかに気づくことが、私たちの祈りの大切なことです。
第1の黙想:自分の信仰の原点は何か。神から深く愛された体験を思い起こし、神の愛を味わいましょう。

2.「信仰を伝える力を育てる」マタイ10:5〜16

家族に伝承されてきた信仰を、今、子や孫にさえ伝えられないのにどうして他人に福音宣教ができるのか、大きなチャレンジです。私たちは一人でするのではない、協力してくれる人と共に、神がどれほど深く愛して下さったか、神の愛に基づいた「神の国」の喜びを伝えましょう。信仰が保てないように迫害もある。例えば、中学生になると部活のために教会に行かれないのは迫害ではないか。危機を危機と認識していないことが問題。迫害と知った仲間と相談していく歯止めが必要です。
第2の黙想:私たちはどこに派遣されているか、派遣されようとしているか、誰に何を伝えるのか、ここに神の意図がある。この意味を見つけましょう。

3.「神の愛を証しする力を育てる」マタイ18章
うまくいっていないところがあるからこそチャンスです。「苦しい時こそ神頼み」羊飼いは一人でやろうとすれば失敗する。しかし、99匹と一緒にやればできる。1匹のためには99匹の回心が必要です。簡単ではないがこの1匹は「神の国」を作っていく「鍵」です。自分の中にあるこの1匹の部分を切り捨てることで良くなれると思うかもしれないが「神の国」は来ない。共同体も、トラブルをおこす人を切り捨てればうまくいくに決まっているが「神の国」は来ない。「神の愛を証しする」ことは「ゆるし」です。
第3の黙想:マタイ18:21〜35から、1万タラントの借金をゆるしてもらえた人が、なぜ100デナリオンの借金の人をゆるせなかったのか。マタイ18:18〜20をゆっくり黙想しましょう。

この後、ミサと小グループの分かち合いがあり、喜びのうちに終了しました。
最後になりましたが、御心の布教姉妹会の総長様をはじめシスター方の細かいところまで心遣いの行き届いたおもてなしのおかげで、60名弱の参加者一人ひとりが良い時間を持つことができました。ありがとうございました。



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新入者歓迎会に出席して
藤沢3区 石尾

復活祭のときの受洗の喜びと感激もさめやらぬ5月3日(日)、センターホールで藤沢ブロックの皆様のあたたかい歓迎を受け、感謝感激でした。会は風間ブロック長のユーモアある司会で、和野神父様の自己紹介とご挨拶に始まり、新入者の紹介、国際部、福祉部の活動状況の報告、聖歌、ゲーム、テーブルごとの自己紹介、その後の分かち合い等、昼食しながら盛り沢山のなごやかな素晴しい歓迎会でした。誠に有難うございました。藤沢教会の皆様、何も知らない新参者をどうぞよろしくお願い致します。

私は喜寿を迎え残り少ない月日を「如何に生きるべきか」考えるようになっていました。家内から「天国ドロボウは出来ないよ」と信者になるように勧められ、少しばかり聖書を読んでは、朝のミサにつれて行かれ、5年ばかりたっていました。田舎の家が九州島原、村全体が熱心な仏教徒で仏はお寺様、神は鎮守の八幡様と昔から決まっていました。村でカトリック信者は今まで聞いたことがありません。1637年「島原の乱」後1873年切支丹放還令まで、230余年に亘る幕府の執拗なキリシタン弾圧が、島原半島では殊に厳しかったためでしょう。私は長男であるため先祖の墓や家、仏様を守る義務感から洗礼を受けようかどうか迷いがあり、なかなか決心がつかず人生の最終段階での受洗となってしまいました。

決断はマルコの福音10-29〜30でした。「まことにあなたに告げます。わたしのために、また福音のために、家や兄弟や姉妹や子や田畑を捨てる者は、今この時に、家、兄弟姉妹、母、子、田畑の百倍を受け(迫害もあろうけど)また後の世では永遠の命を受けます」。受洗の喜びは、私の兄弟たちには知らせていません。洗礼では教会中の多くの方々の祝福を受け、本当に嬉しく驚きでした。今まで入学式、入社式とそれなりに感動はありましたが、これほど大きな喜びと感動は初めてで、私の人生最大の感激でした。受洗して本当に良かったと感謝しております。今は遅すぎの感しきりでございます。



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第5地区教会学校合同遠足

5月10日、初夏のような好天に恵まれて、第5地区教会学校の春の合同遠足が行われました。場所は教会から程近く緑あふれる新林公園にて、子供達23名とご家族、和野神父様、シスター勝、シスター菅原やリーダーを含め藤沢総勢36名ほどが、戸塚、大船、中和田、原宿の教会学校のお友達と春の一日を過ごしました。

 

2年 小比賀

しん林公えんに行きました。1ばんたのしかったのは、2つ目のゲームです。しぜんや生きものを5こ見つけられました。たのしかったです。2ばん目にたのしかったのは、アスレチックであそんだことです。おもしろかったです。あたらしいおともだちができて、うれしかったです。また行きたいです。

3年 吉田

5月10日日曜日に、新林公園へ遠足に行きました。ゆうぐであそんだことが、楽しかったです。公園の池に、こいが4ひきいました。それと、かめが2ひきいました。はしをわたって、かいだんをのぼりました。そこには、りすが2ひきいました。すばらしい自ぜんを、ぜんぶ、神さまが作ったんだなーと思いました。この自ぜんを大切にしようと思いました。

5年 和泉

5月10日、5つの教会のお友達が集まって、新林公園に遠足に行きました。まず初めに、5つの教会のお友達の名前集めをやり、次に自然の中の物や、昔の物などを見つけました。知らない人が沢山いて、ちょっとドキドキしましたが、学校の同級生が、大船教会から参加していてびっくりしました。お弁当をいただいた後、教会に全員で帰り、その日見つけた自然の物などを、絵にかきました。そして、すばらしいお天気と、沢山のお友達とのすてきな1日を神様に感謝して、ごミサをささげました。とても楽しいひとときでした。



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横浜居留地とローマカトリック教会遺跡めぐり
大庭  八木

 5月14日(木)五月晴れにめぐまれ、さわやかな新緑の中を私共総勢25名は、横浜開港150周年に因んで「横浜居留地とローマカトリック教会遺跡めぐり」をいたしました。

安政6年9月22日よりジラール神父様が居住なさったという甚行寺、中華街近くに優しさの中にも凛として佇むキリスト像、横浜教区司祭納骨堂、山手教会、プロテスタント横浜海岸教会など身近かにありながら、訪れることのなかった先々で大きな信仰の力とお恵みをいただきました。

案内役を務めてくださった高木一雄先生(鵠沼3区)にお願いし「横浜居留地天主堂物語」として、当時の模様をかいていただきました。皆様もぜひ遺跡巡りをなさってみてはいかがでしょうか?

横浜居留地天主堂物語

江戸時代中期、幕府の迫害によってキリシタンが消滅してしまいました。
それから220年たった安政5年(1858)の5ケ国条約によって日本ではキリスト教が復活しました。その安政5ケ国条約の第2条によると1年以内に双方の首都へ外交代表を駐箚(ちゅうさつ)させることでした。そこで安政6年(1859)7月28日幕府は三田済海寺をフランス国総領事館と指定してくれました。そして8月24日にはフランス国総領事ドシューヌ・ド・ベルクールが公式通弁官であるパリ外交宣教会バルテルミ・ジラール神父を伴い高輪車町の揚場から上陸しました。ところがジラール神父は9月22日以来、条約文による開港場である神奈川湊の甚行寺に入り上陸してくる外国人船員の世話をするようになりました。彼は日本再布教の使命を帯びていたからでした。その頃、幕府としては東海道の宿場である神奈川宿は奥行きもなく参勤の大名と問題を起こしては困るので急遽一里先の横浜村に居留地の造成をしていました。それは長崎の出島のようにして外国人を孤立させたかったからでした。万延元年(1860)7月フランス国弁理公使になったド・ベルクールは居留地の中、8区画がフランス人に借りられたため80番900坪を天主堂団地としてくれました。そこで先ず11月18日には司祭館を建てましたが、文久元年12月13日(1862年1月2日)には聖心教会の献堂式を挙げました。主任司祭はジラール神父(41歳)、助任司祭はムニクウ神父(37歳)でした。

現在、旧居留地34番にはカトリック教会復活100周年記念として建てられたキリスト像があります。みなとみらい線横浜中華街駅下車2番の出口の所です。幕末期、日本で最初にミサが捧げられたのは安政6年8月24日に三田の済海寺であり、9月22日には神奈川の甚行寺でした。そして11月10日には箱館の稱名寺でも行われました。因みに明治5年(1872)9月14日の「琉球処分」まで琉球王国は日本領土ではありませんでした。




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鎌倉散策とキリシタンゆかりの地を訪ねて
藤沢3区 垣中

新緑の美しい5月下旬、前夜晩まで心配していた雨情報も、翌朝北鎌倉駅出発の頃には陽射しの方が強くなり始めて総勢16人は先ず徒歩10分程の光照寺に向かいました。このお寺の本山は遊行寺ですが、門には「くるす門」と書かれ、くるすの紋章も揚げられています。又当時の?台もあり、現在も使われているそうです。このようなキリシタンの遺物が何故このお寺に遺されているのでしょうか。住職さんからその由来、歴史的背景を詳しく説明して頂きました。十字架と分からないようにデザインされたその紋章はかつては隠れキリシタンのシンボルになっていたとのこと、当時のキリスト教信仰がいかに大変なことであったのか思い知らされました。

次に訪ねたのは徒歩10分程の尼寺、通称駆け込み寺で知られている東慶寺です。本堂の近くにある松が岡宝蔵の中には重要文化財の「蒔絵」「聖餅箱」等が置いてあります。この箱はキリストの体となるパンを入れた器で、蓋にはイエズス会の標章が印されております。この大変貴重な品々をお寺では大切に保管、展示されています。境内は大変広く、端々しい木々の新緑が目に染みるようで、爽やかな風も心地よく、その中をゆっくり草花を眺めつつ散策しました。

次に昼食傍々、カトリック雪ノ下教会にお邪魔しました。聖堂の左前方脇にあるアルコーブの中には360年前鎌倉で捕えられ江戸で処刑されたガルベス神父と4人の殉教者の大きな絵が掛けられています。海から逃亡する場面、火あぶりの刑に処される姿、獄中で祈りを捧げる姿等が生々しく描かれています。このような迫害されたキリシタンの絵をみるにつけ、当時の殉教者達がいかに苦難の道を歩んでいたのか、往時を偲び胸にこみ上げてくるものがあり、全員で祈りを捧げました。

昼食後は殉教者達が捕えられ江戸に送られたという稲村ヶ崎海岸に立ち寄り、又近くの極楽寺村金山集落にも足を伸ばしました。三代将軍徳川家光の時代、キリシタンの弾圧が厳しくなり、江戸のキリシタンたちは親戚を頼って極楽寺村や小袋谷村に移って来て、この周辺で伝道を始めたそうです。現在は木々が生い茂り小川も流れている静かな所ですが、遠い昔この辺りで暮らし、伝道していたキリシタンに思いを馳せながら歩きました。

今回、信徒でありながらお寺を訪ね、キリシタンの遺した品々を直接見たり聞いたりしたことで、遙か昔のキリシタンの存在が今はとても身近にに感じられます。鎌倉のキリシタンゆかりの地を訪ねるという企画は私にとっては初めてのことでしたが、初夏の1日、とても楽しく有意義な時間を過ごすことが出来ました。



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堅信 
典礼部

堅信は、神の子とされたキリスト者を聖霊降臨の恵みにあずからせ、洗礼によって新たに生まれた者を勇気あるキリストの使徒とする秘跡です。この堅信の秘跡によって聖霊のたまものが豊かに与えられ特別に力ある者とされます。また霊魂には消えない霊印が刻みつけられ、より完全に教会と結ばれ、キリストの復活の証人として、ことばと行いによって福音をのべ伝え、この世界と社会を聖化し、福音化するために働く恵みが与えられます。

堅信の秘跡を授ける祭儀の中で中心的な部分は司式者(司教あるいは司祭)による按手と聖香油の塗油、そしてその際に唱える「父のたまものである聖霊のしるしを受けなさい」ということばです。按手は「使徒たちは、祈って彼らの上に手を置いた」(使徒6:6)と記されているように、使徒たちの時代から行われてきた聖霊が降るように祈る目に見えるしるしの一つです。
「そこで、ペトロとヨハネとが人々の上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた」(使徒8:17)
「そして、パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が人々の上に降り、不思議な言葉を語ったり預言したりするようになった」(使徒19:6)
油は、聖霊の恵みの豊かさ、強さ、喜びを表すしるしです。受堅者は油を注がれることによって神の豊かな祝福を受けて「キリスト=油を注がれた者」になります。
「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである」(ルカ4:18)
このときに使われる油は聖木曜日に行われる聖香油のミサの中で司教によって聖別された聖香油です。
堅信の秘跡を受ける者は聖霊による霊印を受け、より強くキリストに一致する者となります。新教会法典が堅信について定めている事項の一つに「堅信の秘跡は霊印をしるすものであること」(同879条)と書かれています。「霊印」あるいは「霊印を刻印される」とはどういうことかというと、教会が定める七つの秘跡のうち洗礼、堅信、叙階の三つの秘跡は、決して同じ人に繰り返して授けられない、言い換えればこれらの秘跡は決して取り消すことのできない神からの恵みであるということです。教会は聖霊降臨によって活動を開始し、使徒たちは聖霊によって力を与えられ、キリストの復活を力強くあかしする証人になりました。そして堅信を受けたすべての信者に、神はいつまでも使徒としての働きを期待しています。聖霊降臨の恵みにあずかったものは生涯、決して取り消されない、使徒として働くための恵みの源泉に恵まれています。

聖霊には七つの賜物があります。知恵と理解、判断と勇気、神を知る恵み、神を愛し敬うことです。堅信は、キリスト教的円熟の秘跡であると言われています。キリスト信者は堅信によって自分の殻から出て、勇気をもって「祈りをささげ、信仰を伝え、神の愛を証しする」(横浜司教教書)人生を送ることを期待されています。



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善き音ずれ 
ユースの会 千古

今年の1月に「30代の集い」から「ユースの会」に名を変えて、はや半年を迎えようとしています。少しずつですが、着実に集っている一人一人の霊的な部分が成長している事を最近実感できるようになり、聖霊の働きがあるんだなぁ〜と感じる今日この頃です。

さて今年の復活祭は、「ユースの会」にとって少しうれしい出来事がありました。それは1年程かけて洗礼準備をしていたメンバーに、メンバーで先輩の信徒が代母を快く引き受けて下さり、「ユースの会」としても皆でその方の洗礼を心からお祝いできる良い復活祭を迎えられた事でした。この会でたまたま知り合った二人が、会の分かちあいなどで霊的な交わりを深くし、そしてこの復活祭で掛替えのない絆で結ばれた…この会本来の意義が少し解った瞬間です。大きな教会での小さな事であったかもしれない、復活祭のこの出来事は「ユースの会」にとって、これからの会の意義を考えていく上で、大きな善き音ずれ(福音)となるのだと思います。

同じ主に従う者同志、それぞれが大きな絆、小さな絆、色々な絆で結ばれることによって、本当の意味での「主にある教会」を建て上げていくのだと思います。これはユースの会に限ったことではありませんが、特に若い世代が、色々な絆を合わせて一つになる事が未来の教会にとってとても意義深いことだと思います。「ユースの会」が今後どのような形で成長して行くかはわかりませんが、この大きな藤沢教会にあって、未来に向け小さくとも原動力の一つになっていければ良いなぁ、と思っています。



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国際部より

1.前回の「八角形にゅーす」でもお願いいたしましたが、外国人の就労支援のお手伝いをして下さる方を募集します。具体的には
(1)求人広告で外国人も出来そうなものがあれば、電話で「外国人でもよいか」と尋ねる。その際「日本語はどの位出来るか」などと聞かれたら逆に「どの位出来たらよいのか」と問い返してください
(2)応募にあたっての、履歴書の書き方、面接での答え方などのアドバイス など具体的にいつどのような形で実行するかはまだ決められませんが、お手伝いいただける方は事務局長または国際部 鶴田までお申し出下さい

2.新型インフルエンザ多言語相談
神奈川県とNPO法人「MICかながわ」の協働事業で6月初旬より開始します。
英語、中国語、韓国・朝鮮語、スペイン語、ポルトガル語
TEL 045-314-9918 月〜金 9時〜17時 
受診に関する相談や、発熱センターでの受診電話通訳をします。



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Q & A

★助祭制度についてお聞かせください

☆助祭は司教、司祭に次ぐ教会職務の一つです。

聖霊降臨後飛躍的に信徒が増えるにつれ、12使徒だけで共同体を維持することが困難になってきました。そこで信徒たちの中から「霊と知恵に満ちた評判の良い人」7人を選び、共同生活に必要な食事の分配などの仕事を彼らに任せ「私たちは、祈りと御言葉の奉仕に専念する」ことにしました(使6-1〜7)。したがって最初の助祭はこの時選ばれたステファノ・フィリポ等7人で、ステファノはエルサレムで宣教し「不思議な業としるし」を行い後に石殺しの刑で殉教し(使7-54〜60)、フィリポはサマリアをはじめとして各地で布教に活躍しています(使8-4〜40)。

助祭の原語diakonos(ギリシャ語)は奉仕する者、特に食事を給仕する者の意で、古代教会では教会共同体の物質面での管理、貧しい人や病人の世話ばかりではなく、積極的に宣教活動にも従事していたようです。

現在、教会憲章29には、助祭の任務として「荘厳に洗礼式を執行し、聖体を保管し、分け与え、教会の名において婚姻に立ち会い、祝福し、死の近くにあるものに聖体を運び、信者たちのために聖書を朗読し、人々に教え勧告し、信徒の祭礼と祈りを司会し、準秘跡を授け、葬儀と埋葬を司式する」とあります。

また、中世以降は司祭になる前の過渡的な身分でしたが、世界的な司祭不足を補う意味もあり第2バチカン公会議以来、助祭固有の職務を再認識する方向に進んでおり、司祭に叙階されず、既婚者でもなりうる終身助祭の制度が復活しました。カトリック新聞でも紹介されましたが、日本でもすでに何人かの終身助祭が活動しています。



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がりらや便り

「イエスのみこころの月」の今月、新刊と共に「みこころ」に因んだ数冊をご紹介します。


「み心の信心のすすめ」
ベルナール・デグー/クリスチャン・ゴー著 ドンボスコ社 525円

17世紀フランスの修道女マルグリット・マリーとイエスの対話を中心に「み心の信心」の勧めと、この信心を生んだ時代背景を紹介する。イエスが修道女マルグリット・マリーに示された「燃えるようなみ心」「底を突くまで人々を愛し続けてきた心」とは何か。ゆるぎない信仰生活への勧め


小さなことばの花束シリーズ
「愛をこめてあなたに」「あなたのために特別に」「祈りと思いをこめて」「神さまはあなたとともに」「祝福をあなたに」「友に感謝をこめて」
フランシス・グラント編 リン・ロビンソン絵 女子パウロ会 各683円

古今東西の芸術家、宗教家の美しく心にひびく珠玉の名言集。全ページに散りばめられたイラストと掌にのるほどの小型本の中に生きるヒントがやさしく簡潔に豊かに織り込まれています。プレゼントやお見舞いに最適です


「若者を育てるドンボスコのことば」
ガエタノ・コンプリ編著 ドンボスコ社 1,050円

「君たちのためなら、わたしはどんな犠牲も惜しまない」ドンボスコの教育に関する代表的な文書の一部を紹介することで、若者をどのように教育したらよいかという今も変わることのない問い掛けに、いきいきとした答えを示してくれます



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鈴木神父の川柳(続2)
編集部編

今回はB年のその2です。

2009年

1/1
祝福を信じなければ憂い増す
(神の母)「ヨハネ14・23-29」
(わたしを愛さない人は、わたしの言葉を守らない)

1/4
急いでも人生倍に伸びないよ
(主の公現)「マタイ2・1-12」
(大事なことはムダない生き方をすると見つかるものでもない―鈴木神父の注)

1/11
生命はね食べられなきゃ意味ないの
(主の洗礼・成人の祝い)「ヨハネ5・1-9」
(魚も聖体も人間も同じ―鈴木神父の注)

1/18
呼びかけに気づく素直さまだあるか
(年間第2主日)「ヨハネ1・35-42」
(ヨハネは…「見よ、神の子羊だ」と言った。二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った)

1/25
捨てようと思う心も捨てちゃえば
(年間第3主日)「マルコ1・14-20」
(イエスはわたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。
    二人はすぐに網を捨てて従った)

2/1
わかるかな生きていることが奇跡だと
(年間第4主日)「マルコ1・21-28」
(「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると
汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った)

2/8
辛くとも今日まで来たよ信じよう
(年間第5主日)「マルコ1・29-39」
(イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、
また、多くの悪霊を追い出して…)

2/15
一理あるでもそれだけじゃダメなのよ
(年間第6主日)「マルコ1・40-45」
ここだけの話といえば伝わるの 
   (だれにも、何も話さないように気をつけなさい) 

2/22
親心子供にゃわからん自分にも
(年間第7主日)「マルコ2・1-12」
(本当の愛情は頭で考えても人間にはわからない不思議なもの―鈴木神父の注)

3/1
とどまって荒れ野で待てるか虹の橋
(四旬節第1主日)「マルコ1・12-15」
(イエスは四十日間そこにとどまり、サタンからの誘惑を受けられた)

3/8
これほどに愛されているのにねぇあなた
(四旬節第2主日)「マルコ9・2-10」

3/15
神さまを自分の桝(ます)ではかるぼく
(四旬節第3主日)「ヨハネ2・13-25」
(この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる)

3/22
それほどに愛されているのに闇が好き
(四旬節第4主日)「ヨハネ3・14-21」
(光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光より闇のほうを好んだ)

3/29
一粒の麦となるのは今日の日か
(四旬節第5日)「ヨハネ12・20-33」
 (一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。
だが、死ねば、多くの実を結ぶ)

4/5
嘲りに耐えられぬバカ耐えるバカ
(受難の主日)「マルコ15・1-39」

4/12
教会も女性がいるうちは大丈夫
(復活の主日)「ヨハネ20・1-9」
(朝早く、まだ暗いうちにマグダラのマリアは墓に行った。そして...)

4/26
償いと思えればなあこの重荷
(復活節第3日)「ルカ24・35-48」
(救い主はどうして十字架の苦難を引きうけたのだろうか―鈴木神父の注)

(文責 益満)

<お願い
鈴木神父が4月19日(復活祭第2主日「ヨハネ20・19-31」)に詠まれた句を失念されたそうです。どなたか覚えておられる方は神父か広報部益満まで教えて下さい。



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