八 角 形 に ゅ ー す

1997年8月3日

聖シモン&聖ユダ
藤沢カトリック教会


目次

夏 休 み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・トーマス・テハン神父

教会委員会報告

教会の未来を考える会 分科会報告

「韓国巡礼4日間」のビデオ会に出席して・・・・・北2   山岸かし子

ルルドとサンティアゴ巡礼の旅・・・・・・・・・・鵠沼2区 桜井美代子

ボーイ・スカウトの活動について・・・・・・・・・藤沢3区 平岡 功

ルワンダへ愛をこめてパート2・・・・・・・・・・辻堂2区 元永けいこ

湘南の教会とキリシタン史跡めぐり・・・・・・・・川崎市中原教会 平澤颯子

横浜教区一粒会報告 喜寿のお祝い・・・・・・・・鵠沼3区 上原恭子

「パンを裂く」試論4・・・・・・・・・・・・・・北1   岡村 正

第2回信者でない方の集い(教会ってなあに?)開催のお知らせ

8月の主な行事予定

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夏 休 み

          トーマス・テハン神父

 夏休みを取りたくない人はいないと思っていますが、夏休みのためにどこへ行けばよいのか、心と体の疲れをどのように取ればよいのか分からない方があるでしょう。山や海、温泉などへ行って来た人の中で満足した人がほとんどいないようです。夏休みについて、一緒に考えてみましょう。

 聖書の次の3箇所が役に立つと思います。 はじめの箇所は創世記2章から「天と地とすべての万象が完成された。それで神は、第7日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち、第7日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。神はその第7日目を祝福し、この日を聖であるとされた。それは、その日に、神がなさっていたすべてのわざを休まれたからである」。と書いてあります。

 第2の箇所は次の通りです。「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、私のところに来なさい、私があなたがたを休ませてあげます。私は心優しく、へりくだっているから、あなたがたも私のくびきを負って、私から学びなさい。そうすれば魂にやすらぎが来ます。」マタイ 11:28〜29。

 3番目の箇所はマタイ18:1〜3 まで、「その時、弟子たちがイエスのところに来て言った。『それでは、天の御国では、だれが一番偉いのでしょうか。』そこで、イエスは小さい子どもを呼び寄せ、彼らの真中に立たせて言われた。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の国には、はいれません。』」

 この3箇所から夏休みについて次のヒントが出てくると思います。すなわち、

1、神の休みの日は祭りの日に当たります。祭りの日、日常生活から離れて、神の世界に入りましょう。
2、神かイエスかにすべてを任せれば、休ませてくださいます。
3、子どものように心を集中させてよく遊ぶこと、
4、夏休みは仕事をするためではなく、前もって御国を体験することではないでしょうか。

 私たちは休みの意味を考え直せばよいのではないでしょうか。どうぞ皆様よい夏休みを過ごして下さい。



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教会委員会報告

 7月19日に定例の教会委員会が開かれましたので、ご報告いたします。

1.福祉部について(福祉部長の倉橋氏の報告)
 現在教会内で活動しているグループの存在が一般に知られていないので、そのPRと手伝いを募りたい。(今後八角形にゅーすで順次紹介していく。)
 典礼部と相談して、将来手話通訳付きのミサを定期的に行いたい。
 ブロック内での情報収集のため各ブロックに福祉のお世話をしてくださる方を求める。活動が行き詰まらないためにも、知識、体験を学ぶ必要がある。又、行政への橋渡しもする。

2.活動部連絡会について。
 教会委員会に随時各活動部の代表の方に参加していただくことを以前の委員会で話し合ったが、各活動部の代表の方々と教会委員会のメンバーが出席しての活動部連絡会を今後定例化する。第1回は9月か10月に行う。

3.バザー実行委員会より。
 現在、今年のバザーのテーマを検討中。

4.その他。
☆「教会の未来を考える会」の一環として次の勉強会を予定している。
 日時 9月21日(日)9時30分のミサ後
 講師 松田神父様(コンベンツアル・フランシスコ会司祭)



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教会の未来を考える会 分科会報告

「信仰を豊かにする(深める)教会」グループ

 このグループは、信仰と祈りが生活の土台であるという意識を持ちたいと願ったメンバーが、5月25日の集いと6月28日に話し合いました。以下、話し合いの内容を簡単に記します。

・悩みを話し合い、支えあい、信仰を分かち合うふれあいの場が欲しい。
・グループが固定化してしまっているので、グループ内外からの働きかけをする。
・飾り物の宗教では困る。
・洗礼後のアフターケアが必要。
・ミサ中の奉納をなるべく新しい方にしていただき、ミサに与かる喜びをもっと知って欲しい。
・ミサを豊かにするために、ミサの研修会をする。(北1、鵠沼ブロックで実施)
・ミサの共同祈願の意向を「聖書と典礼」の例文だけでなく、私たちのものも用意したい。
・勉強出来る場が定期的にあるとよい。
・活動を通して、信仰を深める。
・夜遅く集まる事が出来ればよい。(働いている方のため)

 この話し合いのあと、7月13日の9時30分のミサ後、メンバーが中心になって集まり、当日のお説教についての分かちあいをしました。

 今後も不定期ながら、ミサ後の分かちあいを続けていきますので、聖堂の片隅や祈りの庭、憩いの庭等で集まっているグループを見かけた時はどうぞ仲間になって下さい。
 また、若い方々にも是非、グループのメンバーになっていただきたいと願っています。


「社会に開かれた教会」を考えるグループ

 集い 1997年6月1日、29日

 司会 辻垣 正彦

 話し合い概要について列記してみました。今後、これらの意見を参考にして、課題を絞り込み、今年末までに、可能な限り、具体的な対応策を提案したいと考えています。

〈現状について〉

・立派すぎる、どろどろしたことを受け入れてくれない。
・悩みがあっても、教会に来たいという人は少ない。期待されていない。友人に相談したり、カウンセリング等を受けにいく。
・教会でのみの信者が多い。
・結婚講座など毎回50カップルぐらいが参加し、未洗者が多く、社会に開かれている活動もあるが、全般として、PR不足。

〈妨げていること〉

・教会用語が難解で違和感強く敬遠されやすい。
・信者自身が生き生きとしていない。魅力に乏しい。
・異常なほどのクリスチャン意識は小さなコミュニティであることから来るのだろうが、裏と表を持っている。

〈あって欲しい姿〉

・本物の信仰が育まれ、自然に(キリストに助けられ)外に向かっていって欲しい。
・社会に向かって具体的な信仰の喜びが発信されていって欲しい。
・自分自身、家族、身の回りから(外に開くとはまず個人の問題)。
・もっと庶民的なイメージ・雰囲気作りが必要(例えばお寺の境内)。

〈こうしたらよい〉

・この社会の一員としてまず自分自身が家族にも、仲間にも、仕事の場でも開かれている(多様性、差を受け入れる)ことがまず基本であることを認識する。
・黙想などを通して、教会でエネルギーを得る(本物の信仰を持つ)と自然に(キリストに助けられ)外に向かっていく。
・ミサだけの関わりでなく、もっと人間としての親しみを互いに深めていく。
・自分がいかに恵まれているかが自覚できれば、その宝を外に向ける。
・外からも学ぶ姿勢大切。自分たちが一段上にいるというエリート意識(無意識?)から抜け出すためにも、謙虚に外から(貧しい人、障害者・・・)学ぶ。
・まず日本人としてのいろいろな偏見(家族、対外国人、社会・・・)を克服し、1人の成熟したおとなとしての自己を確立していくことと信仰とが一致していること。
・無理に外にばかり目を向けないで、教会の中にも悩んだり、下を向いて歩いている人がいる。その人達とまず自分を開いて関わり、それから外に向かう。
・多様な社会のニーズに対する理解と感性を高める。

            (記録・落合)




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「韓国巡礼4日間」のビデオ会に出席して

       北2  山岸かし子

 7月18日「ビデオを楽しむ会」に出席。参加者20数人、女性のみ、李神父様をお迎えして1時半〜3時ビデオ、終わってお茶とクッキーで話し合いがあった。

 冒頭神父様から「この巡礼をただ『巡礼』で終わらせてしまうのでなくここから日韓両国教会の交流と理解を深める活動の初めになるよう望む。具体的には今回韓国の教会から今後日本から信者の訪問があればお世話をして下さるとの申出を受けたが、それと平行して逆に日本で韓国の信者を受入れ、ホームスティなどの形で交流するよう働いてほしい」とのお言葉から始まる。

 八木さん、松尾さんよりビデオの作成や67名という大?巡礼団の裏方のご苦労や裏話のご披露(チョッピリ)、李神父様団長でまたこのような巡礼を企画したいなどのお話。 ビデオについては「一緒に巡礼しているようだった、私も行きたかった」と感動をこめた声がたくさんあがった。

 巡礼参加の人からの「韓国教会の聖職者、信者方の信仰の力強さとそれを生きている姿を肌で感じた。我々の生温い上っ面で力のないそれと違う。」なぜ?と神父様に様々な質問が出された。

 神父様によると韓国にキリスト教が伝わったのは僅か2百余年前にすぎない、(一同驚きの声)最初にカトリック・後でプロテスタント、初めの頃迫害があり多くの殉教者が出た。韓国ではカトリックは人口の8%・プロテスタント25%、ルビv洞c~ョンドン教会の信者4万人というのは大体横浜教区全体と同じ。教会に力があるのはこの様な数も大いに関係あると思う、韓国では教会の新聞社も2つありケーブルテレビも運営しているとのこと。さらに韓国も日本と同じに仏教・儒教の文化圏で似ているところもとても多いがなんと言うか宗教的風土は非常に違っている。教会へ誰かを誘いたくても気軽に声をかけにくいそんな雰囲気があるのでは等々。

 参加者からは「確かに日本はいろいろな神様がいて『八百万の神の国』だから宗教的に特別な風土かもしれない。それと我々信者同士の横の結び付きの弱い事、聖職者を盛り上げ育てると言う意識の足りなさ、信仰の喜びを生活の中で実際に生きていない、又、もっと恥ずかしい事は世界有数の経済大国と言われながら日本の教会がお金が無い事。昔日本は布教国だったから外国からたくさん援助を受けていた。今はそうでないのに我々の意識が変わっていないのではないか、召し出しについても現実にこんな事があるという話も出て(一同驚きの声)司祭の召し出しについて先行きとても心配とのお言葉もあった。

 このような熱のこもった話が次々と出て時間がどんどん過ぎとうとうセンターの刻限5時になってしまった。神父様の「皆さん友達を1人でも教会へ連れて来て下さい。数だけの問題ではないが信者1人1人の働きが日本の教会を強くし育てる」のお話を最後に皆それぞれ今日の集まりを通して韓国に付いて今まで以上の理解を深めた事への感謝と共に1人1人の信仰について大きな宿題を抱えての解散であった。




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ルルドとサンティアゴ巡礼の旅

      鵠沼2区   桜井美代子

 6月2日、バーガー神父様ご同行のもとに総勢28名の賑やかなメンバーで巡礼の旅に出ました。(藤沢教会15名。)13日間の日程でパリ、ルルド、ザビエル城、パンプローナ、ロヨラ城、ブルゴス、サンティアゴ・デ・コンポステラ、マドリッド、トレド、エル・エスコリアル、アビラ、セゴビアと盛りだくさんの旅行でした。

 昔の巡礼者が生命をかけた厳しい旅を偲びながら、サンティアゴ・デ・コンポステラへ向かう巡礼路の出発点の1つ、パリのサン・ジャック塔から約千5百キロ離れた聖地への旅が始まりました。

ルルド

1858年に聖母マリアは少女ベルナデッタに度々お現れになり、9回目のご出現の時「泉へいって水を飲み、洗いなさい」とおっしゃいました。少女が土を手で掘ると水が湧き出ました。これがマサビエルの洞窟の奇跡の泉で今も滾滾と湧き出ています。その岩の上にはルルドの歴史がステンドグラスに描かれている〈無限罪の御宿のパジリカ大聖堂〉、一番初めに建てられた〈地下小聖堂〉、行列広場の前の〈ロザリオの大聖堂〉が重なりあうように一体となって聳えています。洞窟の先には〈水浴場〉があり、9時〜12時、2時〜4時まで水浴を待つ人々の祈りと歌声が聞こえます。ルルドの飛行場を降りた時から感じられた祈りと癒しの町!それはその夜に参加した光りの祭儀の行列で一層強くなりました。うすら寒い小雨模様にも拘らず広場は世界中から集まった人々のアヴェマリアの大合唱と天使祝詞の祈りには心の平和、神の愛をひしひしと感じました。

 ここは病人の町とも言えましょう。タンカや幌で覆われた人力車のような車や車椅子に乗せられた老若男女の巡礼者であふれています。病者のための聖体行列の集い、祝福を受け、水浴を切望する姿に胸をうたれます。大勢の神父様、シスター、看護婦さん等の親切と明るい奉仕に助けられて、ルルドは決して暗い町ではあません。待望のマリア様御出現のグロット(洞窟)でのごミサは、まだすっかり明けきれないうす靄の中でバーガー神父様司式のもとに行われました。またグロットの前でグリフィン神父様の弟様にお会いしたのも嬉しいことでした。

 満たされた2日間の滞在の後、もう1つの目的地サンティアゴまでバスの旅が始まりました。あちこちに見かける土色の素朴な教会は巡礼者のために建てられたものと聞いています。スペイン最初のロマネスクのハカの教会もその1つで、巡礼者の憩う部屋や深く造られた軒にも温かい心遣いが偲ばれます。

 日本のカトリックのルーツともいうべき聖フランシスコ・ザビエルの生誕地、ザビエル城と大聖堂でのごミサ、聖イグナチオの生誕地のロヨラ城とカテドラル訪問は感慨深いものがありました。

 パンプロナ、ルゴ、レオンを経て喜びの丘からサンティアゴ大聖堂の塔のシルエットを眺めたのはパリを出て5日目です。ピレネから約千キロの道のりを1カ月かけて歩いて来たという巡礼のシンボルであるアコヤ貝、瓢箪、杖という出で立ちの真っ黒に日焼けしたオランダ人にここで出会いました。彼は1人で旅を続けたということですが、1歩1歩が祈りであったのでしょうか?私たちもその精神にあやかろうと、アコヤ貝や石造りの十字架の道標に添って麦畑やえにしだの咲き乱れる中を数キロ歩きました。

サンティアゴ・デ・コンポステラ

 サンティアゴとは聖ヤコブのこと、12使徒の1人、雷のヤコブのことです。彼は生前エル・パロンに来ていますが宣教の成果はあがらずエルサレムに帰りました。その後、ヘロデに殺され、遺骸がこの地に舟で運ばれたとか。現在の大聖堂に安置されたということです。後にキリスト教徒とイスラム教徒の戦いの時、どこからともなく現れた騎士が勝利に導いたとか、凍死した人や飢餓に苦しむ人を助けた等、伝説めいたことが起源となって、スペインの保護の聖人となり、中世からサンティアゴは大巡礼地になりました。それは大聖堂の主祭壇の上の戦うヤコブ、巡礼のヤコブの聖像にもよく象徴されています。

 訪ねた大聖堂は基本的にロマネスク、ゴシック様式で百メートルもあろう塔が聳える荘厳なものです。内部には少しでも天に近づこうとする高い丸天井を支えている交差ヴォールトの柱の曲線美に惹かれます。入口のタンパン(正面玄関の上のアーチ型部分)や聖堂内に生き生きと彫られたキリストや聖母マリアの生涯、12使徒、福音史家等の聖像、聖書物語等が描かれている美しいステンドグラスは文盲者の教育のためでした。

 中世の巡礼者が罪の許しと、神の祝福を願ったサンティアゴの栄光の門に遂にたどり着きました。東洋の果てから2つの巡礼地を訪ねて、由緒ある聖堂で毎日ごミサをいただけたお恵みに感謝をこめてヤコブの座る大理石の中柱に5本の指を押し当てました。そして神の栄光を讃えた見事なマテオの彫刻を仰ぎ見つつ門をくぐりました。




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ボーイ・スカウトの活動について

   藤沢3区 平岡 功   “只今ビーバー・カブスカウト募集中”

 教会の皆様方には、日頃から私どもボーイ・スカウト活動に対して、ご理解とご協力をいただいており、心から感謝致しております。カトリック教会では、世界中の国々でボーイ・スカウト活動に力を注いでおります。何故でしょうか?それはキリストの教えが教会の聖堂の中でのことだけでなく、毎日の日常生活の中に生きるものだからです。

 神と国(人々)に誠を尽す(スカウトが入隊するとき最初に誓う言葉)このすぐれた世界的な青少年の社会教育運動が英国のベーデン・パウエル卿によってはじめられてから今年で90年、日本では70年になります。本教会を母体(育成団体)としているわが藤沢16団は、今から23年前、当時主任司祭だったブランチ・フィールド神父様の強い意向によって発団致しました。当時カブスカウトだった諸君は、もう立派な社会人になって活躍しております。本団はまもなく銀祝を迎えようとしております。

 ボーイ・スカウトの子ども達は、大自然の楽しさ、大切さを知っています。とくにカトリック・ボーイ・スカウトは神様にも心を向け、人を思いやる心を知っています。手をつかって、頭をつかって遊ぶうちに、そこから多くのことを学びます。

 カブ・スカウト(〜小・5)は、自然や社会とふれ合い、楽しく遊びながら、自分で考え、自分のことは自分でする自立心や創造力を養います。

 ビーバー・スカウト(〜小・2)は、この年代の特性や成長をふまえながら、みんなと仲良く遊ぶ、自然に親しむ、楽しみや喜びを分かちあう等にねらいを置いています。

 現在、ボーイ・スカウト(〜中3)9名、カブ・スカウトが11名とふえ、新しく、7名のビーバー隊が生まれました。シニア・スカウト(高校生)、ローバー・スカウト(大学生以上)、指導者、スカウト達の家族が、1つの心になって、藤沢16団は大きな団家族に発展しつつあります。これは教会の皆様による尊いご援助をはじめ、献身的に永年奉仕されているリーダー、スカウティンプに信頼をおかれて入隊させた保護者の皆様方の励まし、ご協力のおかげと思っております。

 いつも元気いっぱいのスカウトの仲間達が1人でも多くの新しい友だちを待っています。私達リーダーも、子どもが大好きなファイトある新しいリーダーを待っています。皆様、ぜひ、ご協力下さい。

 カブ、ビーバー・スカウトは小学校入学直前からいつでもOKです。教会事務所までご連絡下さい。




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ルワンダへ愛をこめてパート2  辻堂2区  元永 けいこ

 ルワンダで義足援助をしている吉田さんを支援する企画について、6月号に掲載させていただきました。6月末に持たれました話し合いの結果を書かせていただきます。

 日時 12月14日(日)

    スペイン語ミサ終了後(詳細未定)

 コンサート内容は5ステージ程度とする。

1、子供達と青年有志による楽しいステージ 子供達は、日曜学校の子供に限定せず、学校や近所の興味のある友達に声をかけ、連れてきてもらう。場合によっては公募してみる。

2、国際的なステージ
 各コミュニティ別にステージを設けるのではなく、国際色豊かな1つのステージが出来ることを望む。ベトナムは10月まで未定。

3、縄文笛のステージ
 JR藤沢付近で、フルートを吹いている方を御存知ですか?彼は、自分で造った土笛で独得な音色を、野外や学校で奏でているという情報をある青年が提供。話し合いの結果。その方にお願いすることになり、何人かの協力により、本人と直接お会し、引き受けていただけることになった。(注)

4、クラシックのステージ
 ヴァイオリン他、何本かの弦楽器やオルガン、うたのステージ

5、みんなでクリスマスメドレー
 出演者はもちろん、口ぱくでもなんでも、この企画に携ってきた全ての人が、お客さんと一体となれるようなステージを望む。

 音楽以外にも参加していただける方法として、2つ程提案があった。

 1、アフリカに関する民芸品の販売。

 2、お菓子(持ち帰り用としてクッキーの様なもの)の販売。

 今のところ、以上の様な状況です。このステージなら参加してみたいなどありましたら是非、お声をかけて下さい。

 今回の企画には、2つの目的があります。

 1つは収益金を集めること。
でもそれ以上に、地域に、社会に開かれたものになる企画にすることが、大きな目的です。そのためには、立派なコンサートにすることを考えるより、まず皆さんが周囲の方に、ルワンダの今の状況、そして、このような企画があることを話してみて下さい。もしかしたらお菓子づくりの大好きな人が、食べてくれる人を探しているかもしれません。あるいは、まだまだ印刷に使えそうな紙を大量に捨てようとしている人がいるかも知れません。そんな人達の手を貸してほしいのです。皆さんのいろんな角度からの一言が、とても貴重です。その貴重な一言をお待ちしています。

 尚、第2回の話し合いを8月30日(土)午後7時より303号室で行います。

 各項目別の具体案、そして、メドレーに入れる曲などを提案しあいたいと思います。是非、皆さんの歌いたい、聞きたいクリスマスソングを教えて下さい。

 皆様のご協力をよろしくお願い致します。

(注)柴田 剛さんとおっしゃいます。 参考のビデオをご覧になりたい方は事務所までお申し出下さい。





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湘南の教会とキリシタン史跡めぐり

     川崎市中原教会 平澤 颯子

 私の一行日記に、6月15日(日)今日はミサの後、藤沢教会からおみえになったお客様、八木さんと松尾さんとお友達になれたと書きました。ずっと45年もの間仕事に明け暮れて過ごした私に小さな夢がありました。日本にはお遍路さんという巡礼がありますが、とても心ひかれるものを感じていました。いつか教会お遍路さんをしようと心のすみで暖めていたことが、今年の3月末をもって離職しましたので、5月から一番近い川崎地区の教会から出発し、もう25の教会を歩きました。

 私は始めてお会いする八木さんに藤沢教会への行き方を尋ねました所、近々計画していることがありますのでお知らせしますからお出で下さいというお話しを伺い、この度の湘南の教会とキリシタン史跡めぐりに参加する素晴らしいお恵みを頂きました。心から感謝しております。7月13日は小雨降る日曜でしたが、男性5名、女性14名、合計19名の参加者で、私は藤沢教会の一員に入れて頂き、キリシタン歴史探訪者として有名な高木先生のコンダクターのもとに、北1ブロック長でいらっしゃる三神さん、八木さん、松尾さん、岡村さんなどの企画されたプログラムに従って11時藤沢教会を出発しました。さすが皆さんの出で立ちは軽装で荷物も身軽るです。ミサの時のケルソ神父様のお話しの通り、身も心も軽くしましょうという姿にぴったりでしたそれなのに私の背中、肩、腕にぶらさがっている荷物の多さに天国への旅人としてはあまりにも不釣り合いの格好でした。江の電のりおり君1日乗車券を買って江ノ島駅下車、11時30分片瀬教会へつきました。キリスト教の教会としては珍しい日本風の建築で造られ昭和14年3月19日の聖ヨゼフの祝日に献堂され藤沢の教会はここから分 れてできたのでいってみれば母なる教会ですよと高木先生はおっしゃいました。

 祭壇の両脇にかけられている長谷川路可画伯の絵は見事でした。ここで信者のおもてなしをうけて昼食をとり稲村が崎へ向かい稲村が崎、極楽寺川周辺のキリシタン史跡を詳しくご説明して頂きました。紙面が限られておりますので先生のご本の72ページ鎌倉のコンフラテルタニスを参照して下さい。又稲村が崎公園の新田義貞の釼の話や、真白き富士の嶺の歌をしのんだり、ころびキリシタンのことなど私達が今ここに教会に守られて信仰の道を歩むことの出来る隅の親石があることを強く感じたことでした。

 次は由比が浜教会を訪問する予定でしたが鎌倉の雪の下教会で結婚式があるということで、空いた時間に間に合うために先に行くことになり極楽寺駅よりいざ!鎌倉へ

 雪の下教会は結婚式の最中でしたのでその間会館で小休憩をとることにしまいたが、フォルテン神父様のご配慮でジュース・クッキーを頂きなごみました。式が終った所ですぐ移動し、高木先生より殉教画、元和9年8月にヒラリオ孫左衛門とその妻マリアの5人はキリシタンとして捕縛され小伝馬町牢にいれられ当時のことをご説明して下さいました。大聖堂の方はあわただしい雰囲気でしたが小聖堂はとても静かに落ちついて祈れました。雪の下教会は社会に向かってキリストの心を広げる場としての存在を積極的に示していることがわかり、それぞれの使命を感じました。

 巡礼者一行は少し強くふり出した雨の中を北鎌倉に向って歩き東慶寺(残念ながら3時で閉館になって中に入れませんでした)の門の所で雨宿りをし、降りしきる雨の音をききまがら先生のお話しに耳を傾けました。

 それから光照寺へ向かい鎌倉転びキリシタンの寺といわれる山門にクルス紋があるのをみることができました。ここで一応自由解散となりましたが私は幸せを一杯感じました。 一番ふさわしい時にふさわしい方法でふさわしいお恵みを頂けたからです。

 本当にありがとうございました。





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横浜教区一粒会報告 喜寿のお祝い

       鵠沼3区  上原 恭子

 6月15日(日・父の日)

 快晴に恵まれ、小岩健夫神父様の喜寿の祝いミサにあづかるため7時の電車に乗り真鶴教会までいそぎました。

 小高い丘に建つ小さな教会にはブラッドレー神父献堂と入口に刻まれておりました。

 イエズズ会のシュトルテ神父様もお祝いに駆けつけ小岩神父様と共同ミサとなりました。 山崎さんのオルガンに合わせ新垣先生の新しい聖歌も2、3曲入り荘厳で明るく、司祭2名、信者8名の少人数ではありましたが素晴らしい声量の方々ばかりで祈り深く聖堂一杯歓喜に溢れていました。

 ミサ後、一粒会委員長が入院中でもありましたので一粒会本部からの金一封と白百合の花束を捧げ長い年輪に感謝をさせて頂きました。

 シュトルテ神父様は大船から突然のお目もじで過日みつけておいた四つ葉のクローバーの押し葉を御礼として差し上げましたら神父様も大変お喜びになり、ご自分の煙の木の紅葉した押し葉を見せて下さいました。

 小岩神父様は10年間、箱根教会から聖園女学院へ通い聖書講座をご指導下さいまして多くの方々が参加していました。

 其の前は故・森下神父様がご指導にあたられていました。

 当時の校長をしていらっしゃった聖園イグナチア様も新潟の修道院で感謝のミサにあずかったことと思います。

 小岩神父様、長い間有難う御座いました。

         藤沢教会から参加
            森下ヤエ子
            上原 恭子





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「パンを裂く」試論4

        北1  岡村  正

 子供は秩序に敏感だと言います。子供の成長には、特別に秩序に敏感な一時期があると心理学の本で読んだことがあります。

 しかしその秩序とは、わたしたち大人の考える秩序とは少しちがうようです。

 子供にとってそれは、ものごととの関係であり、子供はそれをからだに感じているようです。大人がそれに気付かないで変えると、子供は不安になって泣きだすという実例がその本に紹介されていました。

 子供にとって生きるということは、まわりにあるものごとと充分交わり、自分のなかに隠された可能性を発見し開発することです。

 子供は本来、未知のところに開かれています。創造のはたらきに1つになっています。 大人の考える秩序は、まわりにあるものごとを管理し支配するための秩序ではないでしょうか。未知のところに恐れを抱きどちらかと言うと閉じるほうにかたむきがちです。

 「開かれた教会」と言うとき、未知のところに開かれた教会とは考えないのではないでしょうか。

 わたしたちに、神の新しいいのちの創造がはじまり、復活されたイエス・キリストに1つになって生きはじめるのが「神の国」です。

 「週のはじめに、」という書き出しで福音書は、復活されたイエス・キリストとの衝撃的な出会いを語りはじめます。それは、日曜日の朝でした。

 ミサ聖祭が、わたしたちの生活の出発点であり、目的ではないことは、これによって明らかです。

 「終わりました、行きましょう。」という派遣の挨拶はすがすがしい気持ちで聞くことができるのは、わたしたちにそのこころ得があってのことです。

 制度や組織は、もともとわたしたちが未知のところを受け止めて充分に対応するためにつくられました。まわりにあるものごとと充分に交わり生きるためです。

 思いや考えを超える神に引き合わされるわたしたちの生きる現実に、こころを開くためのものです。

 それがいつの間にか、わたしたちの出発点ではなくなり、まわりのものごとからわたしたちを隔てる囲い、わたしたちの生きる目的、生きがいになってしまいます。

 ミサ聖祭のなかで、神の新しいいのちの創造がわたしたちにはじまるのは、イエス・キリストの死と復活が今もわたしたちとまわりのものごととの交わりのなかにあると知ったからです。

 ユダヤ人の安息日は土曜日で、それは6日間で世界をおつくりになった神が7日目にお休みになられたからです。キリスト教が日曜日を主の日ときめたのは、イエス・キリストが復活してわたしたちに新しいいのちを開かれたのが日曜日だったからです。それで8日目とも言います。それは全く新しい創造のはじまりでした。

 「行きましょう、主の平和のうちに。」

 わたしたちはどこに、何をしに派遣されるのでしょうか。

 「主の平和」とは、イエス・キリストをとおしてわたしたちにはじまる神のいのちの創造のみわざ即ち「神の国」のことです。

 未知のこの先への過去ののりこえが「聖霊の交わりのなかで」はじまります。

 「主の平和」という挨拶は、これからはじまるいのちの創造に向かう者同士の挨拶ではないでしょうか。

 「神の国」を知っていて入る人は1人も居ません。神に引き合わされるものごとの意味やはたらきは、わたしたちの過去に探っても見つかりません、それは、わたしたちの未知のこの先に実現する神のいのちに結ばれた意味とはたらきだからです。

 未知のところに開かれた子供のようにならなければ「神の国」に入れません。





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第2回信者でない方の集い(教会ってなあに?)
開催のお知らせ

              宣教部

 日時

 10月4日、11日、18日(各土曜日) 10時〜12時
 場所 当教会センターホール
 講師 バーガー神父様ほか

  信者でない配偶者(ご主人様または奥様)、ご親族、親しいお友達をお誘いして、ご一緒に、気軽におでかけください。

 キリスト教とその教会についての常識をわかり易く、お話しする文化講座。信仰をもっていただくことを目的としない明るく楽しい集いです。

 (詳しくは八角形にゅーす7月号をご覧ください。お申込みは教会事務所まで)




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8月の主な行事予定

2(土)ガーデンパーティ  午後6時 (ミサ  午後5時)

3(日)幼児洗礼 午前9時30分のミサ中

7(木)〜10(日) スカウト・キャンプ

9(土)1年生ゆうすずみ会
    ケア・セミナー   午前10時
    光の行列      午後7時

10(日)国際平和ミサ    午前9時30分

15(金) 聖母の被昇天

23(土)平和合同祈祷会   午後2時 聖心の布教姉妹会本部修道院聖堂



▼八角形にゅーす9月号の原稿〆切は

8月25日(月)です。

編集後記

 李神父様は今月、ルルドで開催の「日韓学生交流会」とその後パリで開催の「ワールド・ユース・ディ」に参加なさいます。どうぞお元気で。おみやげ話を楽しみにしています。

        (編集部)



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